第1週

入院日記へ 第2週へ

10月9日(火) - 1日目

晴れのち雨。

3連休のあと、今日から入院。8時に起きて支度をし10時に病院着。 荷物を抱えたままあわただしく検査。血液検査・胸部レントゲン・心電図・肺活量etc。 1時間半ほどしてようやく看護婦さんに病室に案内してもらう。

18病棟1810号室。
希望通り、大部屋(6人)に入れた。ベッドは入って左手の廊下側である。カーテンの区分内に蛍光灯が無く暗い。この病院では各ベッドの横にカード式のTVが備えられている。カードは1枚で20時間1000円。 ほとんど見ることはないだろう。作者はTVは週に2時間半しか見ない。

この病院は概して設備は古い。所々ぼろぼろと言っても過言でない。ただし検査機械などは割合新しいものを 取り入れているようである。使えるものは古かろうが使うが、メリットのある機械の導入も やぶさかではない、といった感じか。

看護婦さんにはどうやら3(4)つほどのクラスがあるようだ。
1.通常の看護婦さん(白衣)
2.見習い?の看護婦さん(水色衣)
3.介護系見習い?の看護婦さん(薄緑衣)
4.まかないの介護婦さん(水色衣)
はじめ水色看護婦さんが入院ルールの説明をしてくれたが、たどたどしく、一緒に付いていた 白看護婦さんに代わられてしまう。この病院の白看護婦さんはとても威勢がいい人が多い。

ここの医療法人はすぐ横で看護学校も経営しており、そのため若い見習の看護婦が多くそれに影響されてか、白看護婦さんも活気がある。

ルール
起床6時消灯10時。1日3回の検温時にはベッドにいること。毎日処置を受けること。 食事後は食器を下膳室に下げること。 外出外泊は届けを出すこと。体温計は破損したら弁償すること、etc。

その後病棟の処置室で主治医から病気手術の再度の説明。 耳小骨の再建をしないので聴力の回復を期待しないよう言われ、ややしょげる。 まあ、命に関わる病巣を取り除く方が優先だ。

今日の予定は、あとは点滴のアレルギー反応をテストするだけだと言うことなので、 20時まで外出許可をもらう。
ところが検査にちっとも来ない。やっと終わって外にでたらもうフレンドリーのランチバイキングは 終わっていた。

途中夕飯を買い込んで帰宅。今朝、永の別れを告げたばかりの愛猫に再会。 幸い気にしていないようだった。
帰宅早々妻がダウン。重い荷物を持って半日歩き回って疲れ切った様子。 布団を敷いて寝かし、その間に、手術後は当分入浴先発できないので入浴しておく。
入浴中にズボンのボタンを付けてくれていた。何を隠そう最近太り気味ではくズボンがないのだ。 このズボンも無理してはいてくしゃみをしたらボタンが飛んでしまった。
知人の話によると入院生活はかなり痩せるようなので期待大。

あわただしく夕食をかき込むと、もう戻らねばならない時間だった。外は雨。 1人傘を差して寂しく病院に戻る。明日の手術が気になってなかなか寝付かれず。

「我が心はICにあらず」(小田嶋隆)読み始める

10月10日(水) - 2日目

晴れ。

6時過ぎに起床。結局少しうとうとしただけだった。寝不足で少し頭痛。8時までぼーっとサガンを読む。

朝食 パン2枚、マーガリン、イチゴジャム、チーズ、牛乳。

以後絶食。しばらくして聴力検査に呼ばれる。11時頃妻来院。1時頃から手術の準備が始まる。

まず手術前最後の尿を溲瓶に取る。

次に青い術衣に着替える。下はパンツのみ。指輪もはずして妻に預ける。 お守りにしようとしていたのでややショック。

次に手術前の血管確保の点滴。これは手術が終わるまで付けたままらしい。 上半身の手術なので右足にしてもらう。が、なかなか刺さらない。以前入院したときに 血管が細くて点滴の針が刺さらないと看護婦さんに怒られた経験を持つ作者は、 忘れていた恐怖を思い出す。でもあっさり2回目で成功。以後も腕の点滴も ほとんど1回で成功している。以前の恐怖は…?ひょっとして下手な看護婦さんだったのか?。

次に麻酔が効きやすくなるよう筋肉注射。痛い痛いと聞かされていたがそれほどではない。が、痛いことは痛い。

これで準備終了。だんだんぼーっとしてしゃべりづらくなる。

この準備の最中に、近郊に在住の妻の両親が駆けつけてくれた。 バタバタしているし座る場所も無いしで申し訳なかった。

予定の2時になった。手術は2時間ほどの予定。ストレッチャの上に移動し、いざ手術室へ。 廊下の端で妻が手を振って見送ってくれた。万一の時はこれが見納めだ。

手術棟の扉(関係者以外立入禁止)をストレッチャに乗ったまま進んでいく。 扉は勝手に開くし、まるでテレビドラマの手術シーンだ。手術棟の内部は予想以上に広い。 作者を運んでいる人達以外に、手術準備室みたいな部屋があり、作業している人が数人。 右手に折れるとマンションのように、薄緑色のタイル張りの手術室が4,5部屋左右に並んでいた。 そのうちの1室に流れ込むと、主治医が待っていた。作者は物珍しさに首だけおこして辺りを見回していた。 このため翌々日首周りが筋肉痛になってしまった。

手術室のベッドに移る。思いの外、幅が狭く小さく、そして冷たい。肩などは完全にはみ出していたように思う。4,5人のスタッフがてきぱきと手術の準備を進めていく。あっという間に両手両足など体を固定され、 心電図を取る電極を付けられる。自分の心音が電子音となって響き出す。 注射の所為でなんだか笑い出したい気分だ。やがて麻酔医が来て透明な樹脂の呼吸マスクをかぶせてくれる。「普通に呼吸してて下さいね」いよいよだ。

マスクからは何とも言えない匂いの麻酔ガスが空気に粒子のように混じって流れてくる。 新鮮な空気を吸いたい気分でいっぱいだ。心電図モニタの電子音が早まるのが分かる。 いくら麻酔とはいえあっという間に効くわけではないようだ。 しかし、だんだん目が動かなくなっていく。風景もはっきり見えており、音響も明瞭だ。 でも、風景が急につぶれていく。水平線上に圧縮されていくようだ。意識はまだはっきりしている。 自分が瞬きをしていることが分かる。タイミングも自由に出来る。 まだ麻酔にかかってない。その証拠に口笛を吹く事も可能だ。そう思うと妙に笑えてくる。 麻酔医と主治医が何か話をしているが意味は分からない。やけに規則的な呼吸音が聞こえる。 電子音も聞こえる。圧縮された世界に音だけがリアルに響く。意識を失う瞬間はどうなるのかと2度ほど瞬きをした。たぶんそれが最後の意識だった。

気が付くとくらい部屋に寝かされていた。痛みがおそってきた。誰かが痛むかと訊くので痛いと返事すると、 座薬を入れてくれた。痛み止めのようでほっとする。横に妻がいるようだ。手術は成功したと教えてくれた。 麻酔中は何も夢を見なかったことを思い出した。舌がしびれて喉が痛んだ。何か飲みたかったが、 それは許されていない。術後6時間は絶対安静。吸い口で水をもらって何度もうがいをした。 何度も、手術前にうがいをしておけば良かったと後悔した。

義父母は、手術の終了を見届けて帰ったそうだ。ご迷惑を掛けた。あまり話もできずで残念。

喉は少しずつ楽になってきた。痛みはおさまらない。3,4時間ほどしてトイレに行ってみた。眩暈感がすごい。 何とか歩いてトイレをすます。妻はずっと付いていて励ましてくれ、夜遅く帰っていった。

11時を回って、取っておいてもらった夕食を別室でもらう。舌がしびれて味がしない。 口を動かしたり嚥下すると痛みがひどくて食べられない。半分残して、もらった薬を飲んだ。この痛み止めだけが頼りだ。ベッドに戻って朝までうつらうつらする。

夕食 粥、鳥照り焼き、いんげんのマヨネーズサラダ。

「優しい関係」(サガン)読了

10月11日(木) - 3日目

晴れ。

うとうとするばかりで、痛みで寝られず。やっと起床時間が来た。やっと朝食が来た。 やっと薬が飲める、という感じ。首の周囲が筋肉痛でダブルパンチ。

朝食 粥、オレンジ、牛乳。

昨日から院内何か音楽が流れているなあと思っていたが、朝の8時半になると、おそらくは有線が 流れ出すことを発見。

9時から朝の点滴。抗生物質をしばらく打つとのこと。スムーズに装着完了。

10時過ぎから処置。ガーゼを交換してもらう。かなり血が出ている様子。取り替えは痛い。

切除した患部を見せてもらう。耳茸と耳小骨周辺の組織はホルマリン漬けになっていた。結構でかい。 真珠腫はシャーレに入っていた。白くきらきら輝いている。もうお別れだ。 これらの分だけ、今頭の中には穴が空いているのだなあと感慨に浸る。

薬の効果で痛みは減っている。眩暈感相変わらず。食欲有り。

昼食 粥、海苔、お浸し、魚。

4時頃妻が来る。本や着替えを補給。

夕食 粥、ぶりの照り焼き、五目豆、みそ汁。

7時頃妻帰宅。毎日通うの大変だ。家事も仕事もある。

痛いので読書の姿勢を保つのが大変。ゆっくり本を読む。

10時消灯。夜になると痛みがます。熱も7度あったので氷枕にしてもらう。 4時頃痛みで寝られず詰め所で痛み止めをもらう。

「我が心はICにあらず」(小田嶋隆)読了
「炎の言霊2島本和彦名言集」(島本和彦)読了
「月刊ASCII10月号」読む

10月12日(金) - 4日目

晴れ。

入院生活のパターンはこんな感じである。

6時 起床。ただしやっと痛み止めが効いてきて朝食まで寝る。

6時半 検温。

8時 朝食 ロールパン2ヶ、マーガリン、マーマレード、サラダ、牛乳
食後は服薬。抗生剤、痛み止め、胃薬の3錠。歯磨き。

8時半 検温。手術直後のため。

9時 朝の点滴。抗生物質を生食に入れたものおよそ200cc。

9時半 血圧測定。手術直後のため。

10時 耳鼻科の処置。ガーゼ交換。まず放送で呼び出され、処置室の前の談話室で待機。 その後1人ずつ処置してもらう。ガーゼをはがすときとまた貼るときが痛い。 内部のガーゼを取るときはかなり痛いらしいとの噂。 談話室の水槽には金魚か熱帯魚がいるが、そのうちの1匹はひっくり返って泳いでいる。 こいつも三半規管がおかしいのかと思う。同病相哀れむってやつか。

舌のしびれが続いていることを訴えたが、実は、右の味覚神経が無くなっていることを告げられる。 真珠腫の患部は、危惧していた顔面神経は侵さなかったが、そこから遊離している裸の味覚神経は、 真珠腫に取り囲まれて切除するより仕方がなかったそうだ。

生涯、舌右側の味覚が戻ることはない。聞いたすぐは少し落ち込むが、2時間ぐらいで復活。 考えようによっては、それぐらい大したことではない。あとで聞いたら妻は術後に主治医から この点について説明を受けたそうだ。

12時 昼食 ちらし寿司、吸い物、お浸し。ようやく粥でなくなった。ただし、ここの粥はまずくない。 以前入院した別の病院では粥があまりうまくなかったが、ここのは食べ飽きない。

13時半 体を拭いてもらう。背中の粉留(できものの一種)について聞かれる。この入院中に処置して 欲しいと訴えると、主治医に伝えてくれるとのこと。あとで主治医が病室に来てくれて背中を診て、 紹介状を書いてくれるとのこと。

15時 検温。

16時 背中の粉留の処置。取りあえず化膿止めを貼ってくれた。

16時半 午後の点滴。

17時 妻来院。

18時 夕食 焼きサンマ、煮物、フルーツのヨーグルト和え、ご飯。

19時 妻帰宅。

20時 検温。

22時 消灯。

今日はまた痛みが収まって、朝の5時まで寝ることが出来た。5時に詰め所で痛み止めをもらい、また寝る。

「月刊ASCII10月号」読了
「南極のムーシカミーシカ」(いぬいとみこ)読了
「しっぽが友達」(桜沢エリカ)読了
「インターネット」(村井純)読み始める

10月13日(土) - 5日目

晴れ。

6時頃ようやく眠れるようになる。うとうとしていると、粉留の処置のために外科の外来カードをもらう。 午前中に呼ばれるので起きていなければ、と思い、本を読んでいる。が、結局午前中には呼ばれなかった。

朝食 パン2ヶ、マーガリン、マーマレード、オレンジ、牛乳。

今日は郷里から両親が見舞いに来ることになっている。向こうを朝でて大阪に昼に着き、妻と合流して 1時頃来院の予定だ。

昼食 鯖、煮豆、みそ汁。

午後すぐに外科に呼ばれる。1Fの外科外来でまちながら、少し後悔する。もう少し耳の痛みがひいた 後のほうが良かったのではないか。何も2つも痛みを抱えることも…。

粉留の処置は、局部麻酔して切開し、中の膿を出すことだ。粉留についてはWeb検索、もしくは 「もとちゃんの痛い話」(新井素子)を参照して欲しい。

驚いたことにあまり痛くなかった。数年前に某病院で腹部の粉留を同様の方法で処置してもらったときには あまりの痛さに動けなかったというのに。

病室に戻ると両親と妻が待っていた。 病気のことや術後の経過は妻に連絡してもらってすでに知っていたはずだが、 あまり気落ちしてない様子で安心した。 手術のことやとりとめもないことをいろいろ話す。

3時頃主治医に呼ばれて別室へ。両親に先生から説明して欲しいからと頼まれていたのだ。 主治医の先生も忙しいだろうにと、最初は断ろうかと思ったが、まあ、せめてもの親孝行かと 思い直してお願いしたのである。

ここで僕も知らなかったことが判明した。
最初、耳小骨は再建しないと聞かされており、そのため、聴力の回復は期待していなかったのだが、鼓膜を再建時に、直接あぶみ骨(耳小骨の内、内耳にくっついている最重要骨)にくっつける方法を採るというのだ。 これはかなり聴力が期待できるかもしれない。

妻にはずっと両親の案内をしてもらっているので、さぞや気疲れしているだろうと思ったが、さにあらず、 ずっと仲良くやっていた。実は明日は妻の誕生日なので、両親と3人で夕食に行くよう勧めた。

途中で病院の会計の人が来て、請求書を持ってきた。ここは10日毎の請求のようだ。 ここまで、およそ10万円なり。

これまで廊下側のベッドだったが、両親と妻が掛け合ってくれ、窓際のベッドに移動。 真上に蛍光灯があるので雰囲気が一気に明るくなった。

夕食 チキンカツ、炒り卵、お浸し、ご飯。

両親と妻が帰ったあと、持ってきてはいたが、これまで使う気力がなかったノートPCを そろそろと取り出してみる。少し設定したあと1Fロビーにしかない灰色電話まで行き、 テレカで接続してみる。接続、メール取り込み成功!うまく入院用に新しく作ったアドレスに メールが転送されている。65件。

「インターネット」(村井純)読了
「日系サイエンス10月号」読了
「火の鳥 ギリシャローマ編」(手塚治)読了
「イスラーム巡礼」(坂本努)読み始める


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